7月20日(土)羽根木プレーパークの40周年お祝いパーティーに参加してきました。

羽根木プレーパークは、東京・世田谷区の国際児童年記念事業としてはじまった日本初のプレーパークです。
開設当初から区と住民との協働による事業として実施されていて、今なお先進的な取り組みとして全国的にも注目されています。

私のプレーパークとの出会いは、この羽根木プレーパークに「一年間ボランティア」として派遣されたことがきっかけでした。

それまで子どもと接する機会もなく、ただ「憧れの世田谷に住める!」というミーハーな動機付けだけで作文と面接を乗り越えた私でしたが、まさかの当選。

そんな始まりではありましたが、この地でそれまでの価値観を揺さぶられる濃厚な一年間を過ごし、その後の生き方を大きく左右する価値観との出会い、人との出会いを経験しました。

久しぶりとはいえ、新潟にプレーパークを作ろうと動き出した際にも「視察」をさせていただいたので、今回は約5年ぶりの訪問でした。

相変わらず、ここだけタイムスリップしたかのようにプリミティブ(原始的)な世界観が広がっています。

当時小中学生だった常連の子(今は大人)やこの活動を支える世話人(と呼ばれる地域のパパやママたち)と十数年ぶりに再会したり、この場所がちゃんと世代交代しながら継続していることに、感動を覚えました。

私の恩師ともいえる伝説のプレーリーダー「のりたけ」との再会。(ちなみに、のりたけの本名は旧姓・竹内紀子。真ん中の女性です)

そして、プレーパークでのボランティア期間を経て、キャンプのお仕事時代を共に過ごした「きなこ」「たま」との数年ぶりの再会。

20代の頃は20代なりにいろんなことに悩みつつ、迷いつつ、でも、とにかく必死に目の前のこどもに向き合っている私がいました。今の活動にたどり着くために経験してきたことは、何ひとつムダなことはなかったのだな..とセンチメンタルな気持ちに浸りつつ、福島へと帰りました。

プレーパークのモットーである「自分の責任で自由に遊ぶ」。

これを本当の意味で理解して、実践していくということは、とても意義深く難しいことです。

「自己責任」などという乱暴なことばで代用されるべきではなく、

人生において何を大切にするのか

自己と他者をどう位置づけるのか

今、世の中で起きている問題を他人事にしていないか

自分の人生をどう生きるのか

という、果てしないテーマに行きつくような話になってしまうのですが、

つまり、こどもがこども時代に自分の意志で思いっきり自由に遊ぶことができる、失敗も含めてそれを周りの大人にあたたかく見守ってもらえる環境が、その後の将来や人格の形成において、いかに大切なのかということを再認識しました。

さて、今夜はRoots郡山で『焚火トーク』です!

焚火の炎を見つめながら、いろんなこと、おしゃべりしましょう(*´▽`*)

皆様にお会いできるのを楽しみにしています!!

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