こんにちは、Roots1年目の達人です。

今日は、Rootsの移転先、小学校には、無くてはならない存在 であり、
僕らが日々 二ノちゃん ニノちゃんと親し気にインスタにアップしている
二宮 金治郎さん(正:二宮 尊徳)について書いていきたいと思います。

僕も名前は知ってたけど、詳しくは知らなかったので、改めて勉強しました
GW お家で自粛されている方は、暇つぶしに、どうぞ

二宮 金治郎 本名は、二宮 尊徳(にのみや・そんとく)と言います。

生まれは神奈川県の小田原で
1787年 [天明の飢饉]といわれる
令和の世の中じゃ考えられない様な
まったくお米が採れない時期のど真ん中に生まれました

そんな貧しい環境で幼少期を過ごした二宮 金治郎少年ですが
貧しさから15歳の時には両親は病死してしまいました
その後、親族に引き取られ、親族の下で一生懸命、畑仕事などの手伝いをしていたそうです

彼は、子どもの頃から勉強が好きで好きで
夜、畑仕事が終わった後 当然電気は無い時代なので
灯油を灯して勉強していたそうです

しかし、二宮家は、明日のご飯も危うい様な状態です
親族の方からは、当然
「そんなことしてる場合じゃない!灯油がもったいないからやめろ!」
と言われてしまいました

しかし、二宮 金治郎は、負けません
「どうしても勉強がしたい!」と考えた二宮金治郎は、
一日の仕事が終わった後 二宮家のちょっとした土地の小さな一角に
小さな菜種油の畑を作り、育て、油を生成し
その油を使って勉強を再開しました
その学びに対する姿勢があの有名な薪を背負いながら本を読んでいる銅像の姿なんだそうです。

勉強をする為に自分で菜種の畑まで作ってしまう
そんな中学生 今の世の中いるのでしょうか。。。(GW中に、家族でいかがですか?)

で、その後も懸命に働き、学び、一生懸命お金を貯めて
親族に引き取られてから10年後 二宮金治郎が25歳の時に
貧しかった二宮家を再興する事に成功しました。

パチパチ

更に続きがあります。

その貧しかった二宮家を再興した事を聞いた藩主が、二宮 金治郎に
大飢餓後のそれは貧しい数百の農村の再建を命じました
二宮 金治郎が26歳の時でした

・・今にも倒産しそうな企業数百社のコンサルを命じられた様なもんなんですかね。。?

で、様々な取り組みを行いその飢餓に苦しんでいた数百とあった村の再建に成功する事が出来ました

パチパチ

どんなに貧しく悲惨な環境でも学ぶ事を辞めずに、人の為に働き続けた二宮 金治郎
そんな彼が広めた教えがあります。最後にそれを紹介して終わりたいと思います。

これは、【報徳訓】と言われる言葉で、原文は難しいので
小田原の報徳博物館の館長が分かりやすく翻訳した詞を紹介します。

【報徳訓】
どんなものにも良さがある
どんなひとにも良さがある
良さがそれぞれみな違う
良さがいっぱい隠れてる
何処か取り柄があるものだ
物の取り柄を引き出そう
人の取り柄を育てよう
自分の取り柄を捧げよう
取り柄と取り柄が結ばれて
この世は楽しい 増え世界

良い言葉ですよね。僕は好きです
『どんな物にも良さがある』という本当に今の時代に通用する様な、
多様性を重んじる考え方を200年以上も前からされていた二宮 金治郎
こんな凄い方だったとは。。今後は、ニノちゃんではなくて、ニノさん or 尊徳さんと呼ばなければいけませんね。

長くなりましたが
皆さんもRoots(旧山潟小学校)に足を運ばれる際は、二宮金治郎の銅像が目の前にあるので
是非「どんな物にも良さがある」という言葉を頭の片隅に入れておいて貰えると
Rootsの取り組み施設その物がまた一つ違って見えるんじゃないかなと思います

以上になります。また木曜日に何か書きます。

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